東京地方裁判所 昭和41年(ワ)12325号 判決 1971年5月06日
原告
菊地秀一
原告
菊地次子
代理人
小林賢治
被告
アイデアル工業株式会社
被告
佐藤哲郎
被告
木村皓治
右被告代理人
石野隆春
主文
(1) 被告アイデアル工業株式会社、同佐藤哲郎は連帯して原告菊地秀一に対し金一〇〇万円、原告菊地次子に対し金一九一万〇六二五円およびこれらに対する各昭和四二年八月二六日より支払済迄年五分の割合による金員を支払うべし。
(2) 原告菊地次子の被告アイデアル工業株式会社、同佐藤哲郎に対するその余の各請求および原告らの被告木村皓治に対する各請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用のうち、原告らと被告アイデアル工業株式会社、同佐藤哲郎との間に生じたものは、右被告らの連帯負担とし、原告らと被告木村皓治との間に生じたものは、原告らの連帯負担とする。
(4) この判決第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者双方の求める裁判
(一) 原告ら
(1) 被告らは連帯して原告菊地秀一に対し金一〇〇万円、原告菊地次子に対し金二〇〇万円、およびこれらに対する各昭和四二年八月二六日より支払済迄年五分の割合による金員を支払うべし。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(二) 被告ら
(1) 原告らの各請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決をおのおの求める。
第二 原告ら主張の請求原因事実
〔一〕 (事故の発生)
訴外亡菊地稔は左記の交通事故(以下本件事故という)によつて受けた脳挫傷、頭蓋底骨折がもとで死亡するに至つた。
(1)発生日時 昭和四一年七月二四日午後一〇時三〇分頃
(2)発生場所 神奈川県津久井郡津久井町三ケ木一五七〇番地
(3)事故車 普通貨物自動車(登録番号練馬四ね六六九三)
右運転者 被告木村
(4)被害者 亡菊地稔(事故車同乗中)
(5)事故態様 事故車が前記事故発生場所において、道路左側脇の柵に衝突し、その衝撃で運転席ドアが開き、助手席に同乗中の亡稔は路上に投げ出され、前記のような傷害で死亡するに至つた。
<以下略>
理由
(一) 原告ら主張請求の原因第一項のうち、本件事故の発生日時・発生場所・事故車・被害者および亡稔が本件事故によつて受けた脳挫傷・頭蓋底骨折のため死亡したことは各当事者間にいずれも争なく、本件事故の態様が原告ら主張のとおりであることは、<証拠>と弁論の全趣旨により認めることができる。
(二) そこで本件事故車を運転していた者が誰であつたかを検討することにする。
<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると次のような事実を認めることができる。
被告佐藤哲郎は、本件事故当時被告会社に勤務し、熔接作業に従事するほか、昭和三六年三月に取得した自動車運転免許を利用して主として貨物自動車の運転に当つていたのであるが、本件事故当日被告会社より命じられるまゝ、同社が当時その鉄骨部分の下請工事を施工していた神奈川県津久井郡津久井町又野の津久井インドアゴルフセンターへ、鉄骨を、同じく当時被告会社に勤務し、工事責任者の地位にあつた訴外佐藤日吉と共に本件事故車のほかなお一台の車を使つて運搬したあと、同日夕刻、右ゴルフセンターの鉄骨基礎工事の下請を被告会社とほぼ同格の立場で施工していた被告木村およびその配下の亡稔と共に右稔が以前利用したことのある飲食店「三島」で飲酒することになり、当初は徒歩で赴く予定であつたのを、訴外日吉の申出で本件事故車を利用することにし、被告哲郎が助手席の亡稔の案内で事故車を運転して同日午後六時三〇分頃右三島に到着し、同所で午後一〇時近く迄飲酒したのであるが、被告哲郎は帰途の運転を慮つて、他三名に比し酒量を著るしく控え、かつ、その旨を口にしていたのであるが、往路と同じく亡稔を助手席、他二名を荷台に乗せ、被告哲郎が運転して、さらにもう一軒の飲食店に赴かんとし、事故現場迄きた際被告哲郎は自動車運転者として遵守すべき、前方を注視し、状況に応じ自車が安全な進路を進行できるよう操作すべき義務を怠り、右事故現場で道路がカーブしているのを看過し漫然進行したため、道路脇のコンクリート柵に衝突し、その衝撃と被告哲郎の狼狽して急激に右にハンドルをきるという誤操作のため、事故車は横転するに至り、亡稔は路上に投げ出され、前記のとおり死亡した(右のうち、亡稔が本件事故当時被告木村の配下であつたこと、本件事故により死亡したことは当事者間にいずれも争なく、事故当日夕刻被告佐藤が被告木村、訴外日吉、亡稔と共に飲食店にて飲酒することになり、その往路は自ら事故車を運転したこと、事故時事故車を運転していた者が自動車を運転するに当り遵守すべき、前方を注視し、その状況に応じ常に安全な進路をとるよう運転すべき義務に違反し、漫然進行し続けた過失を犯したこと、および、右過失のため事故車が道路脇の柵に衝突し、亡稔が路上に投げ出されたこと、は原告らと被告会社ならびに被告哲郎間には争いないところでもある)。
<中略>
右認定事実によると、本件事故時の事故車運転者は、被告木村ではなく、被告佐藤哲郎である。
ところで、原告らは、被告木村に対する請求の根拠を、同被告が事故時の運転者であつたことに求めているのであり、同被告が自ら運転中の過失による不法行為責任以外はなんら同被告の賠償責任原因が主張立証されていない本件では、原告らの被告木村に対する本訴各請求は、その余の点につき検討する迄もなく理由なく失当である。よつて右各請求は棄却すべきものとなる。
次に被告佐藤哲郎に対しては、原告らは、その責任の根拠を、同被告は事故車の運転手であるところ、運転手たる者自車を運転中は、これを安全に運行させるべき義務を負い、無免許者などに運転を許容すべきでないのに、これに違反し、被告木村に運転を許容して本件事故を惹起したことに求めているところ、前記認定によれば、本件事故は被告哲郎の前方不注視・安全運転義務違反によることになり、当事者の主張するところと、当裁判所の認定するところと、若干の齟齬をみることになるけれども、当事者の主張するところも、被告哲郎が自動車運転者として遵守すべき危険発生を未然に防止する注意を払つて運行に努めるべき義務を怠り、不法行為責任を負うというに帰し、当裁判所の認定するところと、間接事実面において異るにすぎないものと解せられるので、右認定によつて被告哲郎の不法行為責任を肯定したとしても、なんら弁論主義に反することなく、また本訴においては、当初よりむしろこの点につき主張立証が集中しているのであるから、かく認定することは当事者間に不測の事態を惹起することになんらならないと言える。被告哲郎は本件事故につき不法行為者の立場にあるとみるべきである。
なお、被告哲郎より、当裁判所に第二六回口頭弁論期日後になつて提出されたが、その後の口頭弁論期日に同被告が欠席したため、陳述されていない昭和四五年七月三日付書面中には、明瞭ではないが、事故車の運転者を原告ら主張どおり被告木村と認める趣旨の窺われる記載内容があるけれども、かりにこれをもつて、しかも右一致せる主張に拘束されると仮定したうえで、被告哲郎との間では事故時運転者を被告木村とみるとしても、被告哲郎本人尋問の結果によると、同被告は被告木村が運転免許を有していないことを既に事故前知得していることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はなく、これと既に認定の被告らの飲酒状況をあわせ考察すると、被告哲郎は自己よりもはるかに多量の飲酒をした無免許者に運転を許容したことになり、自動車運転手として過失あることは明らかであるから、いずれにしても、その責任の帰するところは同一である。)
被告会社に対しては、原告らは自賠法三条にもとづき本訴請求をなすところ、<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、被告会社は軽量鉄骨やシャッターの製造販売を業とし、製品あるいは資材の運搬に事故車を相当期間利用しうる立場にあつたことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、これと前記認定の事故当日運転手たる被告哲郎が会社より命じられ作業現場迄事故車外一台を訴外日吉と共にもつて来たうえ、業務終了後、当初は徒歩で赴く予定が、被告会社の工事責任者訴外日吉の申出から右事故車を利用するに至り本件事故となつていることを綜合すると、本件事故時被告会社は、いまだ事故車の運行利益と支配を失つておらず、運行供用者の地位にあつたものとみるべきである。
ところで被告会社、同哲郎は、なお、本件事故につき同被告らは責を負ういわれはない旨主張(事実欄第三(一)(二)(1)乃至(3))するが、<証拠判断略>、これと既に認定の飲食店「三島」における被告哲郎の飲酒についての発言を考えあわせると、事故車への亡稔の同乗をもつて、被告らの責任を一部なりとも軽減させうるものとはなしえないし、次に本件事故につき、いずれにせよ運転者に過失あること前記のとおりであり、また運転者の無過失をなんら主張しない被告会社は、たとえ自らはなんら過失なくも免責をうける理由はないので、この点の主張も採用の限りでなく、そのほか、被告木村と被告会社とは、前認定のとおり、ほぼ同格の下請業者であり、本件全証拠によるも、被告木村が被告哲郎あるいは被告会社に強度の支配力を有していたと窺わせるものは全くないのであるから、事故時の運転者の点をさておいても、被告会社、同哲郎の責任を消滅乃至軽減させる事由は存しないものといわなければならない。
従つて、被告会社は運行供用者として、被告哲郎は不法行為者として、本件事故により生じた損害をその相当の範囲および予見しうべかりし範囲において連帯して賠償しなくてはならない。
(三)(1) 本件事故により亡稔が蒙り原告らが相続した損害亡稔が本件事故当時被告木村方で鳶職として稼働していたことは、原告らと被告会社・被告哲郎(以下被告会社らという)間に争いなく、<証拠>と弁論の全趣旨によると、亡稔は昭和一二年五月六日生の健康な男子で、事故当時月当り四万二、〇〇〇円の収入をえていたこと、その家族は妻原告次子および長男原告秀一(家族構成については原告らと被告会社ら間に争いない)のみをもつて構成されていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右各事実によると、亡稔は毎月二万円の生活費を要しつつ、年間二六万四、〇〇〇円の純利益を挙げ、なお事故後二六年間は稼働し続けえたものと認めることができ、これをホフマン複式年別計算により事故時の価額に換算すると金四三二万四、〇二九円となり、前記家族構成より、原告らが亡稔の相続人の全部であるから、原告次子はその配偶者として右の三分の一に当る金一四四万一、三四三円を、原告秀一はその子として三分の二に当る金二八八万二、六八六円を、各相続し、被告会社らに賠償請求しうることになる。
(2) 原告次子の慰藉料
原告次子が主張のとおり亡稔と婚姻し長男を儲けたことは原告らと被告会社ら間に争なく、右のほか既に記載の本件事故態様、そして亡稔が事故車に無償で同乗するに至つた経緯その他諸般の事情を考慮すると、原告次子が本件事故により蒙つた損害は金七五万円をもつて慰藉させるのが相当である。
(四) ところで、本件事故につき自賠責保険金一五〇万円の支払がなされていることは、原告らおよび被告会社ら間に争いなく、そして、右弁済は、支払に当つた者の指定が明らかでない本件においては、先ず原告らの主張指定するように、本訴請求外の損害賠償債権に充当し、残余は自賠責保険金の給付内容よりみて、遅延損害金以外の各原告の本訴請求賠償債権に、法定充当の規定を類推適用し、各債権額に応じ按分充当すべきものと解するのが、賠償紛争の実質的な繰返しを防ぎ、かつ、当事者間の意思・利益に合すると考えられるところ、原告次子本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせ認められる亡稔の死亡時の間借と同一視しうる生活状況、と前記本件事故態様および亡稔の職業その他諸事情に鑑みると、特段の事情の窺われない本件では、少なくとも相当の範囲の葬儀費その他死亡に伴い必要となる費用として金一〇万円の出費は少なくともなされているものと認定することができ、これと、前記諸事情より評定しうる原告秀一の慰藉料金七五万円を各控除した金六五万円のうち金二八万〇七一八円(円以下の端数については、五〇銭以上切上げ方式による)が原告次子の、金三六万九、二八二円が原告秀一の、各本訴賠償債権に充当填補されていることになる。
(五) そうすると、原告秀一は金二五一万三、四〇四円、原告次子は金一九一万〇、六二五円、およびこれらに対する本件事故日より後の日で本訴訴状送達の最終日の翌日たること記録上明らかな昭和四二年八月二六日より支払済迄年五分の割合による各民法所定遅延損害金の支払を被告会社らに対し連帯して支払を求めうるところ、原告秀一は本訴において内金一〇〇万円とその遅延損害金の支払を求めるので、同原告の、被告木村に対する請求は全部棄却し、被告会社らに対する請求は全部理由ある正当なものとして認容することとなるが、原告次子は本訴において右認定額をこえる金額の請求をなすので、同原告の被告木村に対する請求は全部棄却し、被告会社らに対する請求は右限度で理由ある正当なものとして認容し、その余を失当として棄却することとなる。
よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。(谷川克)